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Sierから地方公務員へ転じた20代男の戯言

Sier勤務から地方公務員へのジョブチェンジを経て今に至る20代男が、普段考えていること・読んだ本のレビュー等を書き連ねていくブログです。

【読後レビュー33冊目】だから、ぼくは農家をスターにする 『食べる通信』の挑戦 高橋 博之

 

だから、ぼくは農家をスターにする 「食べる通信」の挑戦

だから、ぼくは農家をスターにする 「食べる通信」の挑戦

 

 

本文より。
 

今、都会に住む人の多くは、仕事でのエンドユーザーや受益者の顔が見えずに、やりがいや生きがいを感じられなくなっている。稼ぎは良くても、「なんだかつまらない」、「何かが足りない」と感じながら生きている人が多い。  よく考えれば、地球の裏側の誰かの不幸のうえに自分の仕事が成り立っていることに気づくこともある。しかし、家族を養っていかなければならないと、そうした事実に目を向けず、やり過ごしている。実際、その仕事のサービスで助かる人、喜ぶ人もいる。しかし、どこかで後ろめたさも感じている人は少なくない。

 

本の要約:

どんなもの?

 東北で「食べる通信」という作り手のインタビューの乗った「食べ物付き」定期購読誌を創刊した筆者が、つくり手と消費者をつなげる活動に至った経緯ややっていく中での苦悩を描いたもの。

 

今まで読んだ本と比べてどこがすごい?

 筆者は食を通じて、今の日本人にとっての「足りない何か」を埋めるためのこの活動を行っている。よくある言葉で言うのであれば、「精神的な充足」であったり、「やりがい・つながり」であったり、「自分のやりたいこと」だったり。2枚めの名刺を持つという言葉は昔からあるが、金銭的な充実とはまた別の、精神的な充実を・満足を得るために行動する人がいる。まだ見ぬ誰かに「助かった」「ありがとう」と言われることをやりたいと思っている人がいる。これを農家と消費者という両者に当てはめたのが「食べる通信」だ。

 簡単に食べる通信の内容を紹介すると、

スーパーなどで購入できる品は、そのほとんどが、調理しやすいようカットや下処理がなされ、きれいにパックされたものだ。そうなると工業製品と変わりないモノになってしまう。モノとして左から右に流してきた食材を、〝命〟として生産者から消費者にリレーしたいと、私は考えていた。  だからこそ、消費者から見えなくなってしまった食べものの裏側やプロセスを見せたいと『東北食べる通信』を始めた。

 スタートはこのような動機だった。これを見ると、生産者と消費者をつなげる、というレイヤーでの発想だったと考えられる。その後、筆者はさらに考えを進めている。

 

『東北食べる通信』は、毎月異なる生産者を取り上げる定期購読サービスだ。読者は東北各地の生産者の人生を知り、その食べ物をいただき、交流を通じて月に一度食と向き合うことができる。 私たちは、これを生産者と消費者の「お見合いの場」と位置づけ、「これは」という人を見つけたら、「結婚」してほしいと思っている。本当に結婚するという意味ではない。ひとりの農家、漁師と、より継続的な関係性を築いてもらいたいのだ

そう考えて、私たちが興味を持ったのが、CSA(Community Supported Agriculture)だ。直訳すれば「コミュニティに支えられる農業」。生産者がそれぞれ会員ネットワークを持つ生産物流通のしくみだ

日本ではまだ聞き慣れない言葉であるCSAは、アメリカではすでに一般へと広まっている。  その始まりは、『CSA地域支援型農業の可能性─アメリカ版地産地消の成果』(家の光協会)によれば、1985年にアメリカ・マサチューセッツ州の「インディアンラインファーム」で〝経費のシェアと収穫のシェア〟という概念を理解してもらうためにプロジェクトが立ち上がり、「CSA」と名付けられたこととある。翌年、会員に初めて収穫物がシェアされ、その後1990年代からネットワーク化されて、一気に全米へと広まっていったのだ

また、ヨーロッパでもCSAは普及している。フランスではAMAP(Associations pour le Maintien de l'Agriculture Paysanne)、イタリアではGAS(Gruppo di acquisto solidale)と名前は変わるが、地域の生産者と消費者がグループとなり、有機作物や環境負荷の少ないものを生産し、それを共同購入する市民グループの活動が1990年代から始まり、広がりを見せている

こまで欧米で広がってきたCSAの中身に触れてきたが、私が目指すのはより生産者と消費者の「関係性」を重視したものだ。日本でのCSAは、新鮮で安心な食材を提供する手段としてだけでなく、都市と地方を有機的につなげていく手段にしたいと考えた。

 

 

 

ここまで読むと、一種の地域コミュニティ論のようにも思える。どのように地域コミュニティの形成を行っていくか、という課題に、都市と地方の融合の方法として一石を投じるのではないだろうか。

 
 

議論はある?(自分の中で浮かんだ疑問や反証)

 正直、筆者が行っているような活動はまだまだアーリーアダプターの時期に当たるものだと考えられる。また筆者も文中で語っているように、人数を多くすればいいものではない。その分コミュニティの密度が減少するからだ。こういった活動全般に言えるのだが、どうやって継続的に顧客を得ていくか。誰を取り込んでいくのかというのが今後のマーケティング的な課題だと思う。

 
 

新しいと思った3点

消費社会は、自分ごと化しにくい社会でもあるのだ。課題解決すら買ってしまう。たとえば、親の介護や子育ても、今や貨幣でサービスを買っている。もはや消費社会で、貨幣で買えないものがないと言ってもいいだろう。何でも貨幣でサービスを購入することで課題解決していくと、周りにある自然や他人と自分の命や課題がどう関わってるのかが見えづらくなってしまう。お金で解決する暮らしは確かに快適で便利だが、当事者意識を持てず、どうしても他人ごとになってしまう
世の中へのインパクトは「全国展開」の4文字がブレークスルーとなった。  つくる人と食べる人の乖離が生み出す課題は、東北に限らず全国共通だ。北は北海道から南は沖縄まで、各地で『食べる通信』が生まれたらどうなるだろう。 『東北食べる通信』は1500人で打ち止めとするが、全国各地で『食べる通信』が横に展開していけば、その数に応じて地域ごとにコミュニティが生まれ、読者の数は増えていく。新しく生み出したコミュニティの価値を壊すことなく、世の中を変えるインパクトを出すことができるかもしれない。そう考えたのだ
ひとりの会員がこう語った。 「ミーティングに参加していて、CSAとは、生産者がひとりで抱えてきたたくさんの課題を、私たち食べ手と共に一緒に悩み・考え・行動していくことなのではと感じました」  生産者の抱える問題を共有することで、会員が取り組めることを具体化したのである